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2011年8月の記事

東大名誉教授 伊藤 隆先生の世界 

Dscf1219

<プロフィール>
1932年 東京生まれ。
東京大学文学部国史学科卒。
東京大学名誉教授。
「新しい日本の歴史」編集会議 座長

今回のお話の内容は、
・感銘を受けた本はなし?「本は面白ければよい」
伊藤隆先生の読書論。
・誰にも相談せずに即行動!伊藤先生のバイタリティ。
・そもそも共産党に入った理由は、敵の敵が味方になった?
・どっぷり浸った共産党をやめたきっかけは
「内部の腐敗を知った事」
・共産党思想から解放された時のこと。
・左翼の人たちとも今でも仲が良い理由は”安全”
・東大教授になったときに、お父様は。
です。

伊藤先生の世界にどっぷり浸る11分です。
ぜひお楽しみくださいませ。



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教育評論家 石井昌浩先生にきく!「教育ってなに?」その7

教育評論家の石井昌浩先生にお話を伺いました。

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< プロフィール >
1940年 山形県生まれ。
  17歳で高校中退し、単身上京。
早稲田大学法学部卒業後、東京都庁に就職。
都立教育研究所次長、国立市教育長を経て
東京造形大学講師。
日本教育再生機構副理事長

今回のお話の内容は、
・教科書が学問成果の発表の場にされている?
・最新の学説を教科書に載せたがる学者先生たち。
・”旧石器時代・岩宿遺跡”相沢博士の最新の学説が定着するまで。
・間違ったことが教科書に載る危険性。
・南京大虐殺は幻か?事実か?
学問的確定がないものの掲載は慎重でなければならない。
です。

教科書問題についてよくわかる6分です。是非お聴きください。

参考文献:
新しい日本の歴史
著者:伊藤 隆 他
新しい日本の歴史

新しいみんなの公民
著者:川上 和久 他
新しいみんなの公民

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教育評論家 石井昌浩先生にきく!「教育ってなに?」その6

教育評論家の石井昌浩先生にお話を伺いました。

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< プロフィール >
1940年 山形県生まれ。
17歳で高校中退し、単身上京。
早稲田大学法学部卒業後、東京都庁に就職。
都立教育研究所次長、国立市教育長を経て
東京造形大学講師。
日本教育再生機構副理事長

今回のお話の内容は、
・バランスのとれた教科書で教える必要性。
・思考から忘れ去られたのは「祖国」
・今必要なことは”1945年で断絶した文化の連続性の回復”
・日本は65年の歴史しか持たない国ではない。
・そろそろアメリカの書いたシナリオを見直すべき必要性。
・100年先の国家戦略を。
・「目は100年先を、心は祖国を見る」子供を育てる必要性。
・教科書検定の2つの役割とは。
・文科省の検定は左には甘く、右には厳しい?
・教科書とは学者の学問成果の発表ではない。
・教科書とは国民が共有してきたオーソドックスなイメージ
・教育とは文化の伝承である。
です。

教育の神髄を教えてくれる9分半です。是非お聴きください。

参考文献:
新しい日本の歴史
著者:伊藤 隆 他
新しい日本の歴史

新しいみんなの公民
著者:川上 和久 他
新しいみんなの公民

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教育評論家 石井昌浩先生にきく!「教育ってなに?」その5

教育評論家の石井昌浩先生にお話を伺いました。

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< プロフィール >
1940年 山形県生まれ。
17歳で高校中退し、単身上京。
早稲田大学法学部卒業後、東京都庁に就職。
都立教育研究所次長、国立市教育長を経て
東京造形大学講師。
日本教育再生機構副理事長

今回のお話の内容は、
・教科書問題のポイント3つ。
・全国に30万人!全共闘合わせると40万人!
日教組は下火の嘘。
・教育委員会と文科省は敵対関係の嘘。
・「GHQはシナリオライター・日教組は役者文部省と
教育委員会は監督」の関係で戦後教育は創られた。
・戦後教育のシナリオは『アメリカ教育使節団報告書』
・報告書の中で唯一実施されなかった事は”日本語の廃止”


8分ほどですので、是非お聴きください。

参考文献:

新しいみんなの公民―こんな教科書で学びたい

新しいみんなの公民―こんな教科書で学びたい

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教育評論家 石井昌浩先生にきく!「教育ってなに?」その4

教育評論家の石井昌浩先生にお話を伺いました。

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< プロフィール >
1940年 山形県生まれ。
17歳で高校中退し、単身上京。
早稲田大学法学部卒業後、東京都庁に就職。
都立教育研究所次長、国立市教育長を経て
東京造形大学講師。
日本教育再生機構副理事長

今回のお話の内容は、

・教科書問題のポイント3つ。
・日教組は下火の嘘。
・教育委員会と文科省は敵対関係の嘘。
・「GHQはシナリオライター・日教組は役者文部省と
教育委員会は監督」の関係で戦後教育は創られた。
・戦後教育のシナリオは『アメリカ教育使節団報告書』
・報告書の中で唯一実施されなかった事は”日本語の廃止”

です

10分ほどですので、是非聴いてみてください。

参考文献:

新しいみんなの公民―こんな教科書で学びたい

新しいみんなの公民―こんな教科書で学びたい

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教育評論家 石井昌浩先生にきく!「教育ってなに?」その3

教育評論家の石井昌浩先生にお話を伺いました。

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< プロフィール >
1940年 山形県生まれ。
17歳で高校中退し、単身上京。
早稲田大学法学部卒業後、東京都庁に就職。
都立教育研究所次長、国立市教育長を経て
東京造形大学講師。
日本教育再生機構副理事長

今回のお話の内容は、
・”教育は100年の計”4年先しか見たい教科書作り。
・「4年」が意味するところとは。
・理想的な教科書採択が行われづらい、その理由とは。
・教科書採択は”下読み”でほぼ決まる。
・”下読み”とは。
・現場の先生に歓迎されない教科書は、採択に俎上にすら
あがらない。
です。

10分ほどですので、是非聴いてみてください。

参考文献:

新しいみんなの公民―こんな教科書で学びたい

新しいみんなの公民―こんな教科書で学びたい

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教育評論家 石井昌浩先生にきく!「教育ってなに?」その2

教育評論家の石井昌浩先生にお話を伺いました。

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< プロフィール >
1940年 山形県生まれ。
17歳で高校中退し、単身上京。
早稲田大学法学部卒業後、東京都庁に就職。
都立教育研究所次長、国立市教育長を経て
東京造形大学講師。
日本教育再生機構副理事長

今回のお話の内容は、
・育鵬社の教科書作りに関わるきっかけ。
・17歳で単身上京、雑司ヶ谷鬼子母神の本堂の床下で。
薬の現金問屋の時の思い出。
・「床下目線」からの教科書作り。
・育鵬社版教科書の特徴は『安定感とバランス』
”自虐史観でも自尊史観でもないこと”
です。

8分ほどですので、是非聴いてみてください。

参考文献:

新しいみんなの公民―こんな教科書で学びたい

新しいみんなの公民―こんな教科書で学びたい

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終戦66年祈年特番「私の8月15日」伊藤 隆先生③

Dscf1219

<プロフィール>
1932年 東京生まれ。
東京大学文学部国史学科卒。
東京大学名誉教授。
「新しい日本の歴史」編集会議 座長

今回のお話の内容は、
・これからの日本の為に、若者に受け継ぐべきことは
「正しい歴史と伝統」
・本当に日本だけが悪かったのか?
・朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争、
戦争裁判は一度も開かれていない。
・シビアな国際感覚の欠如が悲劇をつくる。
・”国際感覚の欠如”元老たちが猛反対した
対中21ヶ条の要求の例
・シビアな国際情勢の認識が日英同盟と日露協商を創った。
・日本が激動の国際情勢の中で生き残れる為には・・・・
・第2次大戦直後の尾崎行雄の発言とは。
です。

10分ほどですので、是非お聴きくださいませ。


新しい日本の歴史―こんな教科書で学びたい

新しい日本の歴史―こんな教科書で学びたい

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終戦66年祈年特番  伊藤 隆先生の「私の8月15日」②

Dscf1219

<プロフィール>
1932年 東京生まれ。
東京大学文学部国史学科卒。
東京大学名誉教授。
「新しい日本の歴史」編集会議 座長

今回のお話の内容は、
・「日米もし闘わば」戦前大いに売れた日米の仮想戦争物語。
・「日本は今独立国ではないのではある」「日本再興が任務」
最後に記した伊藤少年の決意。
・当時は、小学生は子供。中学生は大人だった。
・日本人の精神はいつ変わったのか。
・寿命が伸びたことで、大人になるのが遅くなった。
・父上の回想録を読んで感じた「人生の密度」
・田舎の百姓の家の蔵には当然のように書籍があった。
・日本は"リテラシーの高い社会"。
です。


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終戦66年祈年特番  伊藤 隆先生の「私の8月15日」①

Dscf1219

<プロフィール>
1932年 東京生まれ。
東京大学文学部国史学科卒。
東京大学名誉教授。
「新しい日本の歴史」編集会議 座長

今回のお話の内容は、
・中学生の伊藤少年の昭和20年8月15日。
・伊藤少年が8月15日の日記に記したこと。
「われわれは科学に負けたのだ。」
・日記が教えてくれる事実。
戦争が終わっても何ら生活は変わっていない。
・戦争中も英語の授業が行われていた。
・10月8日米兵一人体操の授業を見学にやってきた。
・終戦直後、日本人はアメリカへの敵意も復讐心も持たなかった。
・ジャズ・映画・・戦争直前の日本にはアメリカ文化が溢れていた。
・戦争は双方をやる気がなければ始まるはずがない。
・戦前にアメリカは中国に飛行機の援助をしていた。
・「鬼畜米英」は言葉だけのものだった。
・広島の原爆記念碑「二度と過ちを繰り返しません」のは誰か?
です。

18分弱ですので、是非お聴きくださいませ。


新しい日本の歴史―こんな教科書で学びたい

新しい日本の歴史―こんな教科書で学びたい

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教育評論家 石井昌浩先生にきく!「教育ってなに?」その1

教育評論家の石井昌浩先生にお話を伺いました。

Photo

< プロフィール >
1940年 山形県生まれ。
17歳で高校中退し、単身上京。
早稲田大学法学部卒業後、東京都庁に就職。
都立教育研究所次長、国立市教育長を経て
東京造形大学講師。
日本教育再生機構副理事長

今回のお話の内容は、
・”教育って胡散臭いもの”
17歳で高校中退で単身上京。
・教育とのご縁はたまたま?偶然?
・教育の専門家はインチキが多い?
・「餅は餅屋」教育を専門家任せにしておいては
まずい、その理由。
・流行言葉が生まれる、その背景とは。
・”50の手習い”を始めようと思ったきっかけ。
です。

9分弱ですので、是非お聴きください。

参考文献:

新しいみんなの公民―こんな教科書で学びたい

新しいみんなの公民―こんな教科書で学びたい

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